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夭折

なんとも日本的なタイトルになってしまったが、
ユダヤ系イギリス人のソウルシンガーの話である。
前回に続き、話が亡くなった人のことなのは
不安定な季節のせいか…

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ソウルミュージックの好きな人なら
もうとっくにご存知の事と思うが、
2006年グラミーに6部門ノミネートで
ミュージックシーンをあっと言わせた
Amy Winehouseが、
この7月に亡くなった。
アルコール依存、ヤク中と言われた天才歌手は、
27才でこの世をった。
その名は知っていたが
FMで時にくくらいでCDを買う事もなかった。
僕が最近屓にしているイギリスのファッションブランド
フレッド・リーが、
Amyとコラボレートしたアイテムを、
この秋冬に出すというカタログが届いたのは、夏前であった。
その中に、1枚、7月23日にAmyが亡く
なったというお悔やみ状が入っていた。

そこで、大急ぎで、彼のラストアルバムとなった
Back to Blackの日本版を買いに行った。
日本には、彼女が、プリンスやサム・クック、
ザ・スペシャルズ、フィル・スペクターらの
カバーバージョンがーナスパックされているのです。
(ちょっと高いけどね)
で、まァ、っくりと聴いた所、目ウロコ状態くらいの
素晴らしい歌唱力と作曲力である。
Back to Blackの2曲目に入っている
You know I’m no goodの出来は素晴らしく、
今や日何度も聴いているしまつである。
それと、カバーバージョンの7曲目、
フィル・ペクターのTo know him is to love himは、
ギター1本、ほぼアカペラだが、
いやはや、ホントにを巻いてしまう。
まさしく、Amyはソウルシンガーなのです。
かつてのNina SimonDinah Washington のような、
ブルージーで、なおかつ、
白人女性とはえない、野太い声から
高い美しい声、時折出る掠れ声。まァ実に多彩であり、
そのとても、彼女がこの2011年を
生きていたとは思えないトーンの楽曲が並ぶ。
50年代、60年代のジャジーかつR&Bの音を
自在に採り入れた歌いっぷりは、
的と言える。
若い分だけ、詞は、もうひとつ普遍性を
持つにらないのだけれど、
彼女の個人的な生活から来る、生きる事の苦しさ、
淋しさをい知るには充分であるし、
彼女の言う通り、ロンドンのこの生活クラスの
この頃の女の子のフツーが
彼女の詞を突き動かしているからこそ、
彼女自身も放に歌い切れるのだろう。

彼女をよくろうと思ったきっかけとなった、
フレッド・ペリーは、1930年代に
ウィンブルドン3連、世界4大大会で通産8勝、
初のキャリア・グランドスラマーとして一世を風靡した
イギリス人ニスプレーヤーが始めた、
月桂樹の葉が輪になったロゴマークで
有名なテニスウエアランドである。
1960年代には、けっこう人気のあるブランドとして
知名度もまった。
近年、若手デザイナーの登用で、オールド・イングランド風かつ、
ロンドンストリート系ファッションでを吹き返した感があり、
僕も良く買い物に行く。
Laurelとのついたや々大人テイストの方は、
好みのスタイルである。
そのレッド・ペリーとAmyのコラボレートした
ファッションアイテムは、モノトーンの千鳥格子、つまり、
ドッグースやハウンドツースを使った
60年代ソウルミュージックシーンに登場したようなもので
彼女の同様カッコ良いの一言である。

60年代、VANジャケットを中心にMen’sClubや
平凡パンチという誌が若い男の子のファッションを
リードしていた頃のスタイリストの走りであった堀切ミロ風の
顔立ちも、何か、この時代とがあったのかもしれない。

久方振りに、ハマってしまったミュージシャンAmyは、
27才でくなった。
27才と言えば、天才と言われたジミ・ヘンドリックスや
ジャニス・ョプリン、ローリングストーンズの
ギタリスト、ブライアン・ジョーンズ、
ドアーズのォーカリスト、ジム・モリソン他、
ブルージーなロックミュージシャンたちが数多く
亡くなっており、Amy、このClub27入りしたと伝えられた。

近々、Amyのしたテープから、
年内にアルバムが発売されると聞いている。
今から、く楽しみである。

それにしても、このAmyの歌はCDでなく、
プレスしたコードで聴きたかった。
音楽の好きな人なら、この一言で彼女が
どんな歌手だったかってもらえるだろう。

ぜひ、Back to Blackの2曲目、
You know I’m no good を聴いて欲しい。

安い赤ワインを、足のついてないショットグラスに注いで、
耳をけて聴いて欲しい。

折とは、彼女のような事を言うのだろう。
ブルージーで、ワルっぽくて、
どこかなつっこい彼女のステージを
ライブでたかったし、きたかった。

毎日、の中で彼女の歌を聴きながら、残念で仕方ない。

誰かの言葉に、人は手に入れるものより
失ったものの方に着するというのがあるが、
まさしく彼女は、その言葉どおりの存在であった。
自ら命をつのと同じような日々を重ねた
彼女の孤独は如何ほどであったろう。
とは、いつの時代にも、どんな国でも残なものだ。
ポール・ニザンのアデン・アラビアという小説の頭に
「僕は20才だった。
それが人生で最もしいときだなんて
にも言わせない」とあるが、
Amyを聴きながら、この小説をんだ20才の頃の
自分を思い返しつつ吐が止まらない。

Amyはまさしくい音を立てながら
がる石だったのだ。


合掌。