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指揮官

昨年来、ラグビーについて思うところ、
解らんこと、いろいろあったけれど、
大学選手権決勝を見て、すべてが腑に落ちた。

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今年の月2日は、テイチク、カンテン、
つまり、帝京大対筑波大、関東学院大対天理大という、
かつてないぶれの準決勝であった。
しかし、昨年の12月25日、秩父宮での2回戦、
帝京大同志社大、早稲田大対関東学院大の試合の方が、
準決勝より、はるかに面白かった。
同志社の闘振りには、
これが、関西リーグ2位のチームかと思わせる闘い方であったし、
帝京は勝って当然という囲気の中、点が取れないゲーム運びだった。
早稲田対関東は、同志社もそうだったが、
関東が実によく対戦相手を研している成果が現れていたように思う。

それにしても、早稲田の首脳陣は何を考えとったんだろうねェ。
監督のなんか、
終始、『鶏』が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたな。
フルバックの口も、
伏見工業にいた時の方が良かったんじゃないかと思えるくらいに、
4年間のノビを見せてもらえなかった。
しかし、スクラムハーフは、なぜ、最初から西橋を使わなかったのか。
まったく理解にしむ。
ノックダウン方式、トーナメント方式の試合で、
なんかある筈もない。
そして、キャプテンの山下はどういう考えでプレーをしていたのだろう。
とにかく分が行くのか、まわりを活かすのか、
対抗戦の時からわかりにくかったなァ。
それに引きかえ、理のスタンド・オフ立川は
実に素晴らしいキャプテンだった。
帝京の田をも大きく上廻っていた。
さすがの帝京のスクラムハーフ滑川も、天理の中央突破に対しては
ニュージーランド学生におまかせというほどの
天理、10番12番13番だった。

12月8日の勝戦は、
悲しいほどに人の少ない国立競技場だったが、
ラグビーファンなら、もうちょっとまって欲しかったなァ。
将来の事を考えれば、
あんなFW戦はジャパンには
無理に決まっている戦い方で臨んだ帝京に、
鍛え抜かれた開ラグビーを仕掛けた天理は、
かつての、早稲田対明治、大東を思わせる試合で、
見ごたえ分だった。
そこに、早慶明や同志社がいない決勝戦は、
トップリーグの如く、外人による人頼みに
なりかねない所を、高校時代からの天理の選手たちの踏ん張りが、
ニワカや身屓を超えた応援を引き出していた。

そのすべては、天理を率いた監督小松節夫にあるのはなかろうか。
同志社が連覇した時1年生だった小松は、
4年生でンターとして出場した大学選手権では
決勝で早稲田に負けている。
その時早稲田は監督に2年目のの木本。
スクラムハーフに堀越、センターに藤掛、ウィングに今泉の
1年生トリオで、10年ぶりに大学選手権を優勝で飾っている。
その時の明治のウィングに、今、監督の吉田が
1年で出場しているのも何かのかもしれない。
C部リーグに落ち、やっとB部リーグに戻った天理を
14年かかってここまで仕上げてきた小松という男には
頭が下がる。
のような熱い闘志と、
岩のような冷沈着さを持った彼のような指導者は、
今、関東のチームには見当たらない。

もっとボールを動かしたかったろう帝京の岩出監督を面白くもない
ラグビースタイルにし込め、小さなFWと忠実なBKSで
真っ向勝負に挑んだ監督小松とキャプテン立川は、
この冬のラグビーシーンをけるものにしてくれた。

3連覇を成しげた帝京岩出監督の心中には、
やはり、心から喜べない何かがあると信じたい。

大学ラグビーは、毎年選手がわる宿命である。
だからこそ、3連覇は難しい。
敗れて、後輩にす卒業生たちの心は、いかばかりか。
だからこそない。

3連覇のプレッシャーの中、自分たちが勝つことだけを考えれば、
ああいうグビーにもなろう。
しかし、伝統校(天理も、同志社もそのうちに入るだろう)が
伝統たりえるのは、歴史という時間だけではない。
日本のラグビーがどうすれば世界に通用するのか、
OB、現役がとつになって、
智恵を絞り抜いて来たからではないか。

どういうボールのかし方をすればいいのか、
小さいFWで、どうセットプレーを組めば良いのか。
課題は山みだ。そこから逃げて(言い過ぎか)、
勝ってみても、充足感は薄い筈だ。
もちろん、どちらの選手も命に戦った。
この一年しかない4年生など、当然の事だろう。
しかし、指官がそれでいいのだろうか。

帝京にはしい言い方かもしれないが、
小松は岩出を上回っていた。選手たちの志も上回っていた。
それは、指揮官第と言えないか。
かつて、大東の鏡監督が
トンガ選手をして力づくのラグビーを仕掛けたが、
自身の問題で、チームは現在、低迷している。
関東学院も前監督口自身の問題でチームを低下させた。
伝統校にはそうした苦難を乗り越えて来た自負がある。
学生たちは、いくら、能に差があるとは言え、
まだまだ20歳そこらの青年ではないか。
持ちひとつで、カンタンにひっくり返ってしまう。
もちろん、そんな事などどこの大学の監督も充分承知の上だろうが、
脇が過ぎないだろうか。
そこへ行くと、天理大の小松監督は素晴らしいに尽きる。

岩出監督には、一昨年一度やろうとして止めてしまった
ボールを自に動かすランニングラグビーを見せて欲しい。
仮に、それで負けても、真のラグビーファンは離れないだろう。
帝京大関係者たち周辺ばかりぶ勝ち負けラグビーからは、
日本のラグビーの明日は見えて来ないと思うのだが。

いま、この国がめているのも、身の丈を知り抜いて、
なおかつい指揮官だという事を重ね合わせてみると、

たかが、ラグビー話とも言えまい。

今、世界は、の指揮官の姿を探している。

主主義も場経済主義も行き詰まり、
たとえ、この5年や10年乗り切れても、
将来に向けてのりを見出す事などはできない。

つまり、長から分へ。

それは、パワーの幅からパワーの開という

新しいラグビーにもているというのは考えすぎだろうか。